どうして日本の家は寒いのでしょうか。実は、日本での家の建て替えの多くが、この“寒さ”を理由にしています。それなのに、相変わらず寒い家は建て続けられているのです。どうやら日本人は、冬は寒いのが当たり前だと考えているようですね。
しかしこれは世界的に見ても稀な事例。欧米の多くの国々では、冬の期間、室内を暖かくすることを推奨しており、アメリカのニューヨークでは賃貸物件の室内温度の最低ラインを決めていますし、イギリスでは室温と健康の相関関係の研究が進められており、寒い家は危険だという認識を多くの人が持っています。
この違いは欧米各国が早くから家全体を温めるセントラルヒーティングが主流だったのに対して、日本では火鉢やコタツといった部分的に温める採暖という方法を採っていたことにも起因します。ただ、今後は日本も欧米のように家全体を適切な温度に保つことが求められてきます。その理由は冬場の温度低下が健康状態におよぼす影響が小さくないことがわかってきたからです。
世界的に見ても、寒さが増す時期ほど死亡者は増加する傾向にありますし、日本でもヒートショックなどで冬期だけでも1万人以上の人が亡くなっています。そしてわが国の既存住宅のなかには、冬場、著しく室温が低下する家が数多くあり、しかも睡眠時には多くの人が暖房器具を止めるため、夜間の室温はさらに低下しているのが現状です。
冷えは万病の元といいますが、室温と健康被害の相関関係が見えづらい症状の原因の多くが、低温の室内に長くいることで起こる「緩慢なヒートショック」に由来しているものだと考えられます。この緩慢なヒートショックへの最大の予防対策が家の断熱性能を向上させることです。屋内の温度差をなくすことだけではなく、低温にしないことこそ、健康への第一歩。暖かい家は疾病を減らします。断熱性能の高い家が健康維持に効果をもたらしていることは、さまざまな研究や調査で明らかになってきているのです。寒くない家で健康に暮らすことこそ、我々の目指すべき方向ではないでしょうか?
65㎡の賃貸マンションにご夫妻と4人のお子さんと暮らしていたというKさんご一家。「当時は、まず起きるのに気合が必要でしたね」と奥様。布団から出ると同時に幾枚も服を着こみ、スリッパをはいて、ストーブを点けるのが日課だったそうだ。しかし、埼玉県秩父郡に建てた新居では、こうした冬の習慣は一切なくなった。「気合もいらないどころか、年中通して布団の種類はほとんど変わらないんです。2歳になる息子はこの家しか知らないのですが、冬でもタオルケットで寝ていますし、それもはね除けて寝ているくらい。よほど快適なんでしょうね」と笑う。
マンションでは石油ストーブ2台、ホットカーペット、コタツ、エアコンがフル稼働だったそうだが、いまは一切、使用していない。とはいえ「当初は断熱性能の高い家での暮らし方がわからなかった」とご主人。「初めて迎えた冬は、暖房機器が一切なくても乗り切れるのか不安でしたね」と当時を語ってくれた。
K邸は好天が続けば、冬場でも朝の室温は17~19℃が保たれる。日中はたっぷり日が差すと24℃くらいになり、夜間は21~22℃というのが平均室温とのこと。しかも人、照明、電気機器が熱源となるため、積極的な暖房は必要ないのだとか。
「秩父は朝、氷点下になることも珍しくありません。でも家のなかは常春。起きてすぐに動き回れることが、前の暮らしとの大きな違いです」
これによりガス、電気、灯油代として月3万円ほどかかっていた光熱費は1万円程度に抑えられている。「でも決して、ガマンしているわけではない。何もしなくても快適な家なんです」とご夫妻は口を揃えた。


埼玉県秩父郡にあるK邸は2階建て、延べ床面積150㎡。大型窓にはドイツ製のトリプルガラスを、断熱材には旭化成建材のネオマフォームを採用し、断熱性能を高めています。「この家に暖房機器は、ほぼ必要ありません。夏は除湿のためエアコンを稼働させますが、それも短時間ですね」とのこと。

「埼玉県秩父郡の朝の冷え込みは青森並み」と、気候の特徴を語る高橋建築の高橋慎吾さん。そのため、冬でも暖かい家を求めて、試行錯誤を続けてきた。その原動力となっているのが「家の基本性能を向上させれば、家は長持ちする」という思いだ。とくに基本性能のひとつである断熱性能向上に、もっとも力を入れており、さらに自然エネルギーを効果的に取り入れたパッシブハウスの完成を目指しているという。
10年、20年と住み続ければ、修理・修繕が必要なところは出てくるものだ。ただし躯体性能を向上させれば、壊れにくく、小規模な修理で済むと高橋さんは考えている。 「なかでも断熱性能は高レベルになれば省エネになり、長い目で見ると出費も抑制できます。実はもっとも壊れるのが電気製品。いまは一軒で5~6台のエアコンを備えた家も珍しくないですが、それらをすべて取り換えるとしたら、かなりの金額になる。10年に一度、100万円単位を払わなければ家や暮らしが維持できないというのはナンセンス。家にかかる必要経費を抑える近道が断熱性能を上げることなんです」
ただし、パッシブハウスづくりにもっとも必要なことは地域の気候を知っていることと語る。 「冬場に室温を上げるもっとも効果的な方法は、室内に太陽光を取り込むことです。そのためにはどの位置に窓を設置し、どのくらいのサイズが適当かを見極めなくてはいけません。夏場に涼を求めるなら、どの方向からよく風が吹いてくるのかを知っておくことも大切です。地域の自然との共存は、地元だからわかることも多い。こうした知恵と断熱をはじめとする家づくりの知識が融合して初めて、長持ちするいい家づくりができるんです」